大沼のガン・カモ類(その3)

「大沼のガン・カモ類(その2)」の項では、大沼国定公園でみられるガン・カモ類の春と秋に見られる渡りについて、私見を交えて紹介したが、この項では、近年、越冬地として大沼を利用しているガン・カモ類について、その経緯と理由を考察してみた。

越冬地「大沼」が出来るまで

〔図1〕取水口の変遷と大沼現在、越冬地として大沼を利用しているガン・カモ類は多いが、決して以前から多かったわけではなく、その兆候は1965年からだと思われる。大沼国定公園で代表される湖は、大沼・小沼・蓴菜沼の3湖(これらはすべて堰止湖)であるが、このうち大沼と小沼は1907年から水力発電所のダムとして人為的に水位の調整がなされてきた。発電所は当初、鹿部町(大沼第一発電所)に建設され、湖水は大沼の銚子口から取水され折戸川を流れて噴火湾へ注いでいた。

1965年、北海道電力七飯水力発電所の開業により、小沼に取水口を持つ北海道電力の七飯水力発電所が始動した。これに伴い大沼から折戸川への取水は停止され、これまで使用されてきた大沼発電所が廃止された(図1参照)。この小沼からの取水により水辺の野鳥(特にガンカモ類)の生態にさまざまな影響を与えていることが明らかになってきた。

大沼の容水量は小沼の約3.2倍もあり、大沼に流入する水量も小沼より圧倒的に多いため、発電の取水量のほとんどが大沼から小沼へ流入するようになり、大沼から小沼へかなり速い水流が生じるようになった。これにより、従来まで冬期間には完全結氷していた大沼・小沼が、厳冬期においてもセバット付近(大沼と小沼をつなぐJR函館本線鉄橋下の水路)が、速い水流により結氷しなくなったのである。おそらく沼が多数のガンカモ類の越冬地として利用されるようになったのはこの頃からと推測される。

越冬地「大沼」の誕生

 

一方、この頃に秋の渡りで観察されていたオオハクチョウを冬の大沼観光名物にしようと餌付けが試みられる。セバット付近は、オオハクチョウ・マガモ・キンクロハジロ等のガンカモ類にとって、採餌場所(人間から餌をもらえる場所)も兼ね備えた格好の越冬場所となったのである。1971年、西大沼にゴルフコースがオープンし、宿泊施設で使用する目的で、1976年に温泉ボーリングが行われ、35℃・400㍑/minの温泉が湧出した。この温泉のオーバフロー分となる約280㍑/minが泉源近くの池へ排湯され、冬期においても結氷しない池が出現した。

また、1981年には、七飯町から大沼で自然繁殖したコブハクチョウ5羽をもらい受け、結氷しないこれらの池へ放鳥し、給餌が定期的に行われるようになった。このことにより、冬期間コブハクチョウの傍らで、リゾート客さながらの待遇を受けるガンカモ類が出現したのである。この池で越冬するガンカモ類は、セパットで越冬する種類と異なりコガモが圧倒的に多く、ホシハジロ・ヒドリガモ・カワアイサ・ミコアイサも数は多くないものの観察頻度は高い。ヒドリガモに混じり珍鳥のアメリカヒドリガモの越冬も確認されているが、セバットで人気の高いオオハクチョウはほとんど飛来しない。

おわりに

これまで、3回にわたり、ガンカモ類の繁殖地・渡りの中継地・越冬地としての大沼の環境と観察の様子について述べてきた。筆者がこの地で本格的に観察を始めたのは1980年頃からで、観察記録としては、1972年に森口和明氏によるガンカモ類22種の確認が記されている。しかし、氏によって観察されたクロガモ・ビロウドキンクロ・シノリガモ・コオリガモの4種については、近年、大沼では全く観察されていない。ガン・カモ類の生態が変化した原因の一つに、私は、水力発電所の取水口の移動やリゾート開発などの人為的な環境改変があったからと考える。

現在、大沼における水辺の環境は変化しつづけています。このことが、鳥類の生態にどのような影響を与えていくのか、今後も観察を継続していきたい。

【寄稿】日本鳥類標識協会 田中正彦